護國神社の由来

家族と郷土の繁栄を見守り、人々が歩み進める人生においてふりかかる災いを鎮め、日々の生活を安全に、そして安心して送れることを祈り続けておられる神様です。
石川護國神社には、石川県出身の英霊(戦没者の御霊)をお祀りしてあります。
明治元年の戊辰の役(北越戦争)で戦死した加賀藩の百八名の戦没者の御霊を、同三年、卯辰山に招魂社を造営して祀ったのが創まりです。
以来、西南の役、日清日露の両戦役、支那事変(日中戦争)、大東亜戦争までの英霊、四万四千八百八十七柱を合わせ祀ってあります。(このうち、第九師団管下の富山・福井・岐阜・滋賀県出身の英霊一万九百十九柱が含まれます)

昭和十年に卯辰山の招魂社から、小立野練兵場の一部である現在地に遷座されました。遷座にあたって、石川県・第九師団・県下市町村その他有志により奉賛会が組織され、二年半の歳月を費やして、境内地を造成、本殿以下社殿及び工作物が造営されました。
昭和十四年社名が石川護國神社と改称されました。その後、昭和四十五年に御創立百年記念大祭、昭和五十九年に御遷座五十年記念大祭、平成二年に御創立百二十年記念大祭、平成十二年に御創立百三十年記念大祭、平成十七年に終戦六十年臨時大祭が執行されました。










