由来

護國神社の神様

ご挨拶

近頃、ご家族連れでお詣りされる七五三詣などでは、明るく心暖まる光景が見られます。
ご家族連れの面々は、先祖のお爺ちゃんの神社でお祓いを受けようと、
神社の控室に大(おお)お爺ちゃん達、お爺ちゃん達お父さん達そしてお祓いの子供達と、賑わっています。

着飾ってはしゃぐ子供達を終始笑顔で見守る老夫婦は、英霊の忘れ形見の遺児(おさなご)達の現在の姿です。
これまで苦しい時代はあったにせよ、この人達の母(英霊の妻)と共に歩んで来た過去を考える時、
お鎮まりのお父上に心静かに安心してお眠り下さいと言える一瞬ではないでしょうか。

護國神社はご遺族だけの神社ではなく、広く日本国民全体の神社であることをもっと多くの人達に、
知ってもらわなければならないと強く思います。

由来

明治元年の戊辰の役において加賀藩の108名が戦死し、
明治3年、卯辰山に招魂社が造営され、その戦没者のみたまを祀ったのが創まりです。

以来、西南の役、日清日露の両戦役、支那事変(日中戦争)、大東亜戦争までの英霊、44,832柱を合わせ祀ってあります。
(第九師団管下の富山・福井・岐阜・滋賀県出身の英霊10,919柱を含む)

昭和10年に卯辰山の招魂社から小立野練兵場の一部である現在地に遷座されました。
遷座にあたって、石川県・第九師団・県下市町村その他有志により奉賛会が組織され、
2年半の歳月を費やして境内地を造成、本殿以下社殿及び工作物が造営されました。

昭和14年に社名が現在の石川護國神社と改称されました。

昭和59年に御遷座50年記念大祭、平成22年に御創立140年記念大祭、
平成27年に終戦70年臨時大祭など、節目において執行されております。

境内マップ

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